自己肯定的自由人とは

とある一日。

ふぁ〜、朝か。。よく寝た。
さて、今日はどんな一日になるかな?

まずは、朝のルーティンから始めよう。
ストレッチして、瞑想して、読書して、カラダと心と頭をリセット。
シャキッとしたところで今日のスケジュールを確認、と。

今日のタスクは来期の企画を考えること、クライアントの相談に乗ること。
あと、来月の縦走登山の準備を始めること。
前後入れると1週間家を空けるから、仕事のスケジュール調整もうまくしないとな。。

そうそう、歌の練習もしなきゃ。
来年にはホールでの合唱公演が控えてる。。


さて、まずは来期のセミナー企画。
この連続セミナーは成功させたい。

セミナーがうまくいけば、参加者が自分らしく輝くのはもちろん、
周囲の家族や友人、同僚たちだって恩恵を受けるだろう。

そうやって笑顔で生きる人の連鎖が広がっていくよね。。


ふうむ。。
とはいえ、こういう精神成長をテーマにしたコンテンツってまだ一般的に馴染みがない。
価値を伝えるのにちょっと苦労するかもな。。

まずは、その辺りが得意なKさんに相談してみるか。
きっといいアイディアをくれるだろう。
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そろそろランチの時間だ。
在宅勤務の奥さんはまだミーティング中。

手が離せそうにないようだからチャーハンでも作ろう。
「男子厨房に入らず」って言われて育った自分だけど、変わるもんだな。。
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ランチ後のお茶を楽しんだら、午後はクライアントの相談だ。

どうやら、最近仕事がつまらなくなって、さらにパートナーとも折り合いが悪いらしい。
人生にやってくるトラブルや違和感は、面倒で大変だ。

けれどもその一方で、本来の力を取り戻すいい機会にもなりうる。
自分も何度も通り抜けてきた道だし、役に立てる。

きっとクライアントさんもこれを機に、自分の本当の力に気づいて、より大きな自由を手にするに違いない。

うん、人の役に立てるっていうのは素直に嬉しい。
人に喜んでもらえる仕事はやりがいがある。

そういえば、「仕事」に対するイメージもずいぶん変わったなぁ。
昔は「仕事」って言えば、義務感とストレスが必ずセットでついてきていたもんな。。
  :

16時。コーヒーブレイク。
今日は少し時間があるから、豆を手挽きしてネルドリップで淹れよう。
いつも丁寧に焙煎し、そこからさらに選別した豆を送ってくれる贔屓のお店がある。
取り寄せた豆をゆっくり挽いて、丁寧にドリップすると本来の持ち味がひきだされる。
だから丁寧に丁寧にいれる。

こうして淹れる珈琲は奥さんが喜ぶ。
だからこれは自分の担当。それもまた楽しい。
  :

そして夕食後。
今日の最後は仕事仲間とのオンラインミーティング。

「誰もが自然に笑っていられる社会」というビジョンを共有する仲間。
乗り越えるべき壁も多い。それでも挑戦する仲間。
挑戦と成長は繰り返しやってくることを理解しているから。

順調なときもキツいときも、つかず離れずいてくれる仲間はありがたい。
そのお陰で楽しく続けられる。

今日もいい議論ができて次のステップが明確になった。
あとは実行するのみ。
いいミーティングだった。
  :

う〜ん、今日も有意義な一日だったな。
心地よい疲れ。

毎日をこんな気分で終われるのは幸せなことだ。
昔はこんな日が続くとは思わなかった。。
でもこれが自然な本来の状態だと、今は思う。

さぁて、また明日に備えてエネルギー蓄えよう。
おやすみなさい。

別の一日。

あぁ…もう朝か。。

眠い目をこすって、重たい体を引きずって会社に向かう。
以前は意味を感じていた仕事も、いつしかつまらなくなってきた。
もう今の自分に合わなくなってきたのかもしれない。

ストレスが増えてきた。
やりがいを感じられない仕事を続けるのは消耗感が半端ない。
稼いだお金はストレス解消と気晴らしと、マッサージに消えていく。
なんか微妙。。

そのせいか、家族ともギスギスしてきた。
近頃は、奥さんや子供たちともゆっくり話していない。

それどころか、つっけんどんになったり、ときには怒鳴ってる。。
ストレスのはけ口にしてしまってる…。


あぁ嫌だ。
本当はそんなことしたくないのに‥。

こんなときは自然にどっぷり浸って命の洗濯したい。。
でも休日は人でごった返すし、渋滞もあるし、かえって疲れる。

だから平日に行きたい。
。。でもミーティングが詰まってて、休めないか…。

うーむ、八方塞がりでイライラする。。
でも、まずは仕事で結果出して、家族が満足する暮らしを維持することがオレの仕事か。

ぐわぁ〜、今はしょうがない。
早く成果上げて、力つけて、給料上げて、
はやく自由になりたい!


どちらも同じ一日。
前者と後者、あなたはどちらが好きですか?

前者のように暮らす人を、僕は「自己肯定的自由人」と呼んでいます。

彼らは自分にとって大切な価値観を中心に生きています。
そして、それが自分の現実に展開していく術を知っています。

彼らは一般常識や相手の思惑を優先して、自分にとって大切なことを我慢したりしません。
自分が大切にしている価値観を何よりも優先します。
だからといって、相手を侵害することはありません。

自分の価値観を大切にする人は、相手のそれも大切にするようになるからです。
そしてそれは周囲の人に共鳴し、共感を生み、仲間としてのつながりが生まれます。

彼らは自分らしく自由に、その本来の力を発揮します。
そしてそこから生まれる価値を上手に循環させます。
だから持続的に発展していきます。

その結果、時間的、経済的自由、そしていちばん大切な心の自由を手にしています。

社会や他人の意見に振り回されて、被害者気分で暮らすのではなく、
大切にしている価値観が反映された人生を創っていく、いわば冒険家のような気分で生きています。

ひと言でいえば、
「すべての決定権が自分にあって、仲間もお金もどんどん増える。」
そんな生き方です。

「そんな都合のいい話し、ある?」

そう思った方もいるかもしれません。
実際かつての自分がこれを読んだら、そう思ったでしょう。

でも、今は違います。
なぜなら自分自身が変化を体験したからです。

仕事に追われて時間とお金と心が不自由だった時代を経て、やりがいのある仕事で独立し自由になった体験があるからです。

かつては本音を抑え込んで自己否定的に生きていましたが、その不自由さに甘んじることを良しとせず、自分の本音を肯定し、常識や他人の作った世界観から脱け出した体験があるからです。

30代後半、僕は不自由な暮らしに違和感を感じ続け、ある時「もう我慢ならない!」となって、生き方を変えることを決めました。

これを決意する前までは、定年までずっと不自由な暮らしが続くかもしれない、と心のどこかで怯えていました。
ひょっとしたら「何か」が起きて状況が変わるかもしれないけど、何もせずにこの延長線でその「何か」って起きるのかな?…と。

かと言って、生き方を変えるのはもっと怖かったのも事実。
だからストレスを感じながらも何年もその延長線上を歩いていました。

でもある時、馬鹿みたいに残業が続いて振替休日をとった平日の午後でした。
購入したばかりのマンションのリビングでソファから立ち上がって決めたのを今も覚えています。

人が死ぬ前に最も後悔するのは、「やりたかったことをやらずにいた事」と聞いたことがありました。
一度きりの人生。「自分が価値を感じることを中心に生きてみよう」と決めたのでした。
8歳と5歳の小さな息子たちと35年の住宅ローンを抱えて。

そこから人生があれよあれよと展開しました。
「求めよ、さらば与えられん」です。

先が見えない怖さもありました。
けれども「自分がやるべきことをやっている」という不思議な安心感があり、怖さはいつしか消えるのでした。

先が見えていても「不自由が続くかも…」、と怯え続けていたのとは対象的でした。
かつて感じていた不安の方がもっとひどいものでした。

仕事のキャリアを変えることを奇異な目で見る人もいました。
信頼していた人に「絶対失敗する」と断言されたことすらありました。
しかし、自分がいるべき場所にいる穏やかな気持ちが生まれていたので、理解を求める必要はありませんでした。

「生き方を変える」ことはこれまでの自分を否定することにもつながるので、しんどいときもあります。
また人間関係も大きく変わる可能性があり、人が離れていく怖さを感じることもありました。

それでも、
やってくる「嫌な感覚」と向き合った後に手に入れる自由は、急な山道を登りきって山頂から絶景を眺めるような爽快なもの
でした。

「自分が価値を感じることを中心に据えた人生」を、あなたも始めませんか?
そこから生まれる価値を喜びとともに分かち合いましょう。

そうすれば、その価値に共感し、受け取る仲間が増えていきます。
価値の循環とお金の流れを意識した仕組みを用意することで、お金も増えます。

増えたお金がまた、自分の大切に思うことを追求する自由を与えてくれます。
そして、それがまた新たに分かち合える大きな価値を生み出します。

これが「自己肯定的自由人」の生き方です。
もし可能なら、
あなたもこんな風に生きてみたいと思いませんか?

ここに地図が用意されています。
あなたはそれを手にするだけです。
そして一歩を踏み出してください。
仲間のひとりがここにいます。

ようこそ!
「自己肯定的自由人」への道のり、ご一緒しましょう。